西国三十三観音巡礼
| 第一回 |
| 坂東三十三観音巡礼も終了し、秋より西国三十三観音巡礼が始まりました。初回となる今回は、平成15年10月7日〜10月10日の日程で行われました。 |
| 一日目 午後9:30に松戸本院に集合し、予定より少し早い9:50に出発しました。東名は集中工事の為、中央高速を通って一路和歌山を目指します。皆さん興奮のためかなかなか寝付かれない様子でしたが、午前0:00には車内は消灯となり、ところどころで寝息が聞こえてきました。 |
| 二日目 途中休憩を交えながら朝7:30分に道の駅で朝食(煮物と、おにぎり)をとりました。そこから走ること1時間。無事西国三十三巡礼の一番札所:那智山 青岸渡寺に到着しました。坂東三十三巡礼ではほとんどなかった長く急な階段の洗礼をうけます。全員呼吸を乱し、動かない足と格闘しながら登り進めました。約15分後、ようやく見晴らしのいい高台に到着しました。那智の滝も一望できます。お参りを済ませて、那智の滝の三重塔経由(古道)で下ります。下りはさらに過酷な悪路。一番札所を終えただけで全員疲労が蓄積してしまいました。 |
| 次の目的地は約120キロ先、昼食予定のとれとれ市場南紀白浜です。巨大な駐車場をもつ、巨大なショッピングセンターのような雰囲気です。時間があまりなく詳細まで見学できませんでしたが魚市場、お菓子屋さん、果物等がたくさん販売されていました。ここからさらに110キロ先、二番札所:紀三井寺を目指しました。紀三井寺も一番札所と同様に険しい石階段が続きます。これを制覇して、今晩の宿泊先新和歌浦の旅館、双子島荘に到着しました。この旅館は年数は経っていますが、ここから見える海の景色(日没直前)は絵でも描けるかもしれないと勘違いしそうなぐらい最高でした。 |
| 三日目 今日は快晴です。旅館を8時に出発して第三番札所:粉河寺へ向かいます。ここは平坦な場所に建っているのでよい体慣らしになりました。体が温まったところで、第六番札所:壺阪寺へ。このお寺は壺阪霊験記で有名なお寺です。1300年まえからの由緒のあるお寺なのですが、入り口には老人ホームがあり目に効くという目薬もかなり高額で売られていました。景色は最高でした。 |
| ここから走ること数キロで第七番札所:岡寺へ。ここはかなり急な階段がつづき、食事前ということもあってみなさんばて気味でした。ようやく石舞台古墳を望むレストランあすか野にて昼食。石舞台古墳は社会の教科書の写真で見ただけでしたが、実は地下が数メートルほどあるということを初めて知りました。お腹もいっぱいになり、第八番札所:長谷寺へ急ぎます。ここは真言宗豊山派の本山です。ここの階段はかなり長く、ほとんどの人がばてていました。しかし、頂上にある本堂は清水寺に似ていましたし、ご本尊はかなり大きなものでした。参拝を終えて、下にずっと下っていくと番外:法起院へ到着です。ここは西国三十三カ所の開基・徳道上人のお寺といわれています。秋は日没が早い為、次へ急ぎます。次は第九番札所:南円堂です。興福寺の境内にありますが、興福寺も改装中でした。これで、今回の第一回西国巡礼は終わりました。早朝から走り回っていましたので、奈良白鹿荘へ到着した時はぐったりしていました。ここは奈良の中心部にあり駐車場がありませんでした。修学旅行生とも同宿でしたのでお風呂に時間制限があったのには驚きでした。 |
| 四日目 今日は千葉県までひたすら帰る予定でしたが、せっかく奈良の中心部まできたので東大寺に寄って帰ることにしました。旅館から歩くこと二十分。ここに来るのも私は小学校の修学旅行以来実に24年ぶりです。本堂を眺めていると過去の記憶が蘇ってくるような気がしました。私のころと同じく修学旅行の小学生が全国からたくさん集まっていました。しかし何度見てもすばらしい建築物です。このお寺も昔は隆盛を誇っていたのでしょうが、今ではただの観光寺となっていました。奈良にしろ京都にしろお寺の経営・存続という大きな課題が垣間見えました。 |
| 第二回 |
| 第二回目は平成16年6月1日〜6月4日の日程で、大阪・京都方面へ行ってきました。 |
| 一日目 前回同様信隆寺松戸本院を午後10:00に出発し東名高速、東・西名阪道をひたすら岸和田へ向かって走ります。 |
| 二日目 最初の目的地である四番札所:槙尾山施福寺に到着したのは午前7:00頃でした。バスの中でおにぎりとおしんこだけの朝食を済ませると、マイナスイオンたっぷりの険しい山道(階段)を30分もかけて登ります。睡眠不足と運動不足がたたって休み休みでないと登っていけません。高齢の住職も頑張ります。ようやく全員が山頂にそろって第二回西国三十三観音巡礼のスタートです。下りはさらに足が動かなくなりました。情けない。 |
| 初日の日程は高速道路を駆使して大阪・京都を回ります。次の目的地は五番札所:葛井寺(ふじいでら)です。藤井寺インターを降りた藤井寺球場の近くなのですが、昔はこういう漢字でふじいでらとよんでいたんですね。 |
| 続いて茨木まで飛ばします。第二十二番札所:総持寺は茨木インターから近いところにあります。周りは工場や住宅街が多く、交通量もかなりなものでした。お昼は京都の宇治川にあるキザクラカッパカントリーで。隣には坂本竜馬や新撰組の討ち入りで有名な寺田屋がありました。さて午後は十五番札所今熊野・観音寺です。これで本日の予定は終了しました。泊まりは湯の花温泉:松園荘 保津川亭でした。 |
| 三日目 今日は番外:元慶寺から始まります。ここから京都の寺町中心部へ向かって行きます。第十七番:六波羅蜜寺は、社会の教科書にも載っていた空也上人像があるところです。続いて観光名所の大御所第十六番札所:清水寺です。こちらも前回の東大寺同様25年ぶりの訪問です。参道にはなんとなく見覚えがありましたが、お寺そのものは全く記憶の中にありませんでした。 |
| 昼食は清水寺の参道からすこし入ったところにある明保野亭です。これも新撰組のお話で出てくるところです。京都らしいお弁当でした。午後最初のお寺は第十八番札所:六角堂です。次は京都御苑の近く第十九番札所:革堂(こうどう)。最後は第二十番札所:善峰寺(よしみねでら)。京都市内を一望できる山の上に建っていました。お寺までの途中の道は狭いのですが、お寺の境内は3万坪もありすべてを見て歩くことはできませんでした。 |
| お泊りは京都駅近くにある東山閣でした。やはり修学旅行の団体と一緒になってしまいました。この時期は小学校も中学校も修学旅行シーズンなんですね。 四日目は旅館を出て千葉への帰途につきました。天気は四日とも快晴でした。 |
| 第三回 |
| 第三回目は京都・滋賀方面でした。日程は平成16年10月12日〜10月15日でした。 |
| 一日目 夜10:00に出発して東名海老名サービスエリアで休憩。その後、静岡県内に入ると大雨が降ってきました。天気予報では西に行くにつれて晴天になるという予報だったのに残念。晴れ男の私も少々不安になってきます。しかし、朝になるにつれだんだん晴れてきました。 |
| 最初のお寺は第十三番札所:石山寺です。あまりにも早く到着しすぎてまだお寺も開いていません。お寺に一番乗りというのもなんかおかしなものです。 |
| 続いて第十二番札所:岩間寺です。ここには高さが40メートル以上というかつらの木が聳え立っていました。さてここから山道をうねりながら京都に入ります。第十番札所:三室戸寺。このへんで徹夜の疲れがどっと出てきます。そこで京の台所:月の蔵人で食事です。ここは前回昼食で訪れた河童キザクラのすぐ近くです。店の雰囲気もよく、寄せ豆腐がおいしかったです。 食事を満喫してこんどは第十一番札所:上醍醐寺です。ここは、歩いて3キロの山道を登ったところにあるのですが、日程及び体力上不可能でしたのでタクシーで行く部隊と下醍醐寺を見学して第十四番札所:三井寺に先に行く部隊と別れました。三井寺でタクシー部隊を待ち、無事、琵琶湖を見下ろす旅館八景館に到着しました。 |
| 二日目はくもり。琵琶湖を反時計にまわり、第三十二番:観音正寺へ。ここは、あっと驚く1000段以上の石段が続きます。ほとんどの方が脱落すると思われましたが、無事山頂までたどり着きました。いきなりの洗礼をうけ、ふらふらになりながら予定を変更して昼食です。場所は彦根城の見える彦根キャッスルホテルです。ここではじめて赤いこんにゃくというものを見ました。昼食が済んだら、琵琶湖汽船に乗って琵琶湖の竹生島にある第三十番札所:宝厳寺に向かいます。ここでも180段ほどの石段と夕立の洗礼を受けます。私も観音巡礼のバス運転を長いことやってきましたが、一日で山に登ったり船に乗ったり大雨に降られたのは初めてでした。本日の宿は琵琶湖を望む双葉荘です。小さいですが、きれいな旅館でした。 |
| 三日目は二日目に回れなかった第三十一番:長命寺です。なんとここもながい山道を登った山頂のお寺だったのです。二日連続の朝一番の山登り巡礼なのですが、これが本当の巡礼の姿なんでしょうね。 バスで食べたり寝たりで到着の巡礼ではつまりません。たっぷりマイナスイオン吸い込みたくさんの乳酸を生み出しました。さあ今回最後のお寺、岐阜県の第三十三番:華厳寺へ向かいます。山道をくねり、狭い道が続きます。ここは本来ならば満願で最後のお寺になるのですが、千葉からのコース上途中の参拝となりました。 |
| 今回は非常にハードスケジュールでした。しかし、昔の巡礼というものはそもそもそういうもので、現代のようにバスで行って最短コースを登るというのはご利益も少ない気がします。と同時に、文化財として指定されたお寺は荒廃が進んでいるなという気がしました。 |
| 第四回 |
| 第4回目は大阪・京都方面でした。日程は平成17年5月24日〜5月27日でした。 |
| 一日目、二日目 いつものように午後10:00に出発。このところ夕方から夕立で大雨です。しかし天気予報では関西方面は晴れ。予報を信じていざ出発。 |
| 最初の目的地は第23番札所:勝尾寺です。天気予報は的中で快晴。バスのナビに騙されて道に迷いましたがなんとか無事到着。まだ朝の7時です。お寺は勝の字にあやかって、必勝祈願のだるまがそこらかしこに。お寺も立派で、拝観料は取られるわ、拝観コースで強引にお土産やさんを通されるやら、さすが商売の町大阪です。 |
| 次は京都に入って第21番札所:穴太寺です。ここは京都の田舎のお寺らしい、静かな所でした。今回は日程も緩やかで、もうお昼です。場所は京都の嵐山にある日本料理の老舗、京都嵯峨料理良弥(ホームページで見たところ)でしたが、いざ到着してみると、ただの土産物屋の二階でした。嵐山なのに、大阪と変わらぬ雰囲気。修学旅行生もいっぱいで賑わっていました。さて、今日の予定はここでおしまいとなるところでしたが、住職のはからいで近所にある東映京都太秦撮影所へ。いやー時代劇のセットが見られてラッキーと思いきや、綺麗を鼻にかけたお姫様と無理やり写真を撮らされたりと、ここもしっかりと大阪化していました。京都府は大阪府と合併するのでしょうか?宿は前々回も利用した亀岡市の松園荘保津川亭でした。 |
| 三日目 今日はお寺も行かずにいきなり遊びからスタートです。電車で京都嵐山まで戻りそこからトロッコ列車で亀岡まで戻ります。線路に平行して流れる保津川では修学旅行生達が、渓流下りを楽しんでいました。さあ、午後からは予定が目白押し。とりあえず、昼食の場所舞鶴港を望むのホテルマーレたかたを目指します。続いて29番札所:松尾寺へ。そこから舞鶴湾を戻って28番札所:成相寺です。途中の道は昨年の大雨の影響で土砂崩れを起こしていました。参拝を終えてすぐに下山し、今度はケーブルカーで中腹の股覗きへ。ここから天橋立を股から覗くと普通に見るより絶景だと言われているところです。股から覗かないでも絶景でした。殆どの方はホテルまで天橋立を歩いて渡られました。全長約3.5キロ。大人の足でだいたい40分程度だそうです。 宿は天橋立ホテルでした。 |
| 四日目 いつもならば高速にて直接お寺に帰るのですが、旅行会社さんの勧めで日本海側を通り福井県小浜市、敦賀市経由で帰ることにしました。昔、中国や朝鮮から日本に向かう船は潮の流れで小浜に流れ着くことが多かったそうです。今はもっぱら拉致事件で有名ですが、渡来人が建立した重要文化財のお寺が多いことでも有名なんだそうです。また朝鮮語に由来する地名も多く残されているそうで若狭の”わかさ”も朝鮮語”ワカソ”(人の行き来の意味)がなまったものだそうです。今回は奈良のお水とりで有名な奈良東大寺二月堂へ香水を送る”お水おくり”で有名な若狭神宮寺へ行ってみました。世界に唯一つといわれる神仏習合のお寺でしめ縄があり、本堂に神棚もあります。さあ次はお昼の場所敦賀へ向かいます。越前やべ清で越前ガニを一杯いただき、帰途につきました。 |
| 第五回(最終回) |
| 最終回となる第五回は明石、姫路方面で平成17年11月15日〜11月18日の日程でした。 |
| 一日目、二日目 天気にも恵まれ千葉県松戸市から兵庫県明石市まで一気に走ります。 |
| 最初の目的地は24番札所:中山寺です。この大きなお寺を中心に町が発展しているといった感じがしました。次は、番外:花山院です。細く曲がりくねった急な山道を登っていった所にありました。次は山全体がお寺の敷地になっている25番札所:清水寺です。この日は一番の冷え込みということで、厚着をしての御参りです。大きなお寺で、いろいろ見たかったのですが、写真撮影もそこそこにバスに引き揚げました。 |
| さあ、これから食事の場所へ直行です。場所は蛸が本場明石の越前です。メニューは蛸飯。味は良かったのですが、駐車場無し、部屋が狭い、冷えていたということでちょっとがっかり。それでも今日の宿泊地、淡路島の南淡路ロイヤルホテルへ急ぎます。明石海峡大橋から瀬戸内海、明石市街を眺めながら無事到着。 |
| 三日目もまた晴天に恵まれ、26番札所:一乗寺へ出発です。ちょうど紅葉が見頃でしたが、あいにく本堂は改修中でした。この日の参拝はここだけで、昼食の灘菊へ急ぎます。ここの、粕汁と”とろろ”御膳は絶品でした。後味のすっきりした甘酒もよかったです。午後は、世界遺産にも登録されている国宝:姫路城の見学でした。美しさの中にも戦闘基地としての厳しさのようなものが感じられました。歩きつかれて疲れた体を休めに塩田温泉:上山旅館へと急ぎます。ここは、塩水が湧き出ていた田んぼということから塩田という名前がついたそうで、昔は多くの湯治客で賑わったそうです。今は、閑散としていますがなかなか風流ないい旅館でした。食事は季節感を感じられる最高の料理でした。 |
| これががテレビでよく使われている角度? |
| 四日目は、最後の目的地、27番札所:圓教寺です。これで、西国三十三観音すべての参拝を終了することになります。このお寺は300メートルの書写山の山頂にあり、ロープウェーで登ります。そこから本堂まで徒歩で行く予定だったのですが、高齢者が多い為、マイクロバスで登りました。本堂以外にも、金剛堂などたくさんの堂を見学することができました。昼食もすませて、帰路につきました。松戸本院に到着したのはなんと夜の11時でした。 |
| 西国三十三観音巡礼を終えて |
| 関東地方から、関西方面への長旅ということで体力的に非常にきついものがありましたが、坂東三十三観音に比べてスケールの大きさには驚かされました。やはり、江戸時代が始まる前は関西が文化の中心地になっていたのだなと思いました。しかし、大きなお寺であるにもかかわらず、僧侶がいる姿はあまり見かけず、殆どが観光寺としてかろうじて存続している感じです。お寺が本来のお寺としての機能を果たしていけば、この国でもう少し救われる人も増えるのではなかろうかと思いました。このホームページを御覧になられた方も一度行かれてみてはいかがでしょうか? |